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【トピック】 日本でのグランプリの歴史

【トピック】 日本でのグランプリの歴史

By Sugiki, Takafumi

 "54"

 何の数字かお分かりだろうか。

 これは、日本で開催されたグランプリの数である。

 1997年日本で初めて開催されてから実に18年。
 グランプリは様々な歴史を紡ぎ、スタープレイヤーを輩出してきた。
 そして、今日。4000人というかつてない規模のプレイヤーを集め開催されるこのグランプリ・千葉2015は、55回目のグランプリとなる。

 それだけではない。今回のグランプリのキャッチコピーは「マジックを歴史に刻め!
 『モダンマスターズ 2015年版』を用いたシールドデッキ戦が、この千葉に加え、ユトレヒト、ラスベガスの世界3箇所で同時開催されており、マジックプレイヤーにとっては、記憶に残る歴史的な週末となるだろう。

 ここでは、これまでの日本で開催されたグランプリのいくつかをピックアップし、その歴史に思いを馳せてみたい。


グランプリ・東京1997

 日本で初めて開催されたグランプリ。フォーマットは『ミラージュ』『ビジョンズ』のリミテッドであった。

 ゴールデンウィークに開催されたこともあり、参加者は約1000人を数えた。記念すべき日本で初めてのグランプリの優勝は藤田憲一(東京)。

 一部のプレイヤーはご存知であろう「とぼけてアタック」のエピソードは、このグランプリ・東京1997の決勝戦での出来事だ。

 藤田はこのエピソードを戦略記事として2001年に寄稿しており、ドラフト、プレイングを通じた対戦相手との駆け引き、思考の読みに関して非常に示唆深い記事となっている。ぜひ、ご一読いただきたい。

 我が Key Play ~藤田憲一の場合~

グランプリ・神戸2001

 グランプリ・神戸2001 イベントカバレージ

 2001年の8月に開催されたグランプリ・神戸2001。当時としては最大の1300人以上のプレイヤーを集め、『インベイジョン』ブロック構築にて開催された。

 優勝はトリコロールカラーの《ゴブリンの塹壕/Goblin Trenches(APC)》をフィニッシャーに据えたカウンター・トレンチデッキを操る故 石田格氏。

 黎明期より、日本のマジックコミュニティの中心として活躍し、プロツアーへ参加する日本人プレイヤーの旅券手配等も引き受けるなど、

 兄貴分として慕われた彼。実力はあるが、なぜか優勝できない、と言われていた中で獲得した念願の個人戦初タイトルであり、プレイヤーたちの歓喜の輪につつまれた。

グランプリ・横浜2013

 グランプリ・横浜2013 イベントカバレージ

 2013年3月に開催されたグランプリ・横浜。今回と同じく、株式会社晴れる屋の主催で開催された。
 日本のグランプリとしては最大の約2300人を集め『ギルド門侵犯』のリミテッドにて開催され、そのプレイヤー数は当時としては世界でも歴代2位を記録する規模であった。

 奇しくも、それまで日本のマジックコミュニティを支えてきたと先述した石田格氏が2013年1月に急逝。会場には、石田格氏のメモリアルコーナーも開設され、多くのプレイヤーがその華々しい実績とマジックコミュニティへの貢献に思いを馳せ、悲しみをあらたにした。

グランプリ・千葉2015

 グランプリ・千葉2015 イベントカバレージ

 そして今、幕張メッセを舞台とし、日本のグランプリ史上最大の4000人規模のグランプリが開催される。

 今回のグランプリは青、白、緑の3ブロックに分けてトーナメント進行が行われ、その一つ一つがグランプリ・神戸2001の規模である。
 そのことからもいかに大きな大会であるかが伝わるであろう。

 本イベントカバレージの他、ニコニコ生放送でも実況が行われる。しかもその放送は、ユトレヒト、ラスベガスとつなぎ、

52時間連続生放送を行うというかつて無い規模となっている。

 まさに、マジックの歴史に残る週末が今から始まろうとしている。

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