EVENT COVERAGE

プロツアー『マジック2015』

観戦記事

第15回戦:市川ユウキ(日本) vs. William Jensen(アメリカ)

By Masami Kaneko

「本番に強い」。そんな言葉があるが、皆さんは一体誰を想像するだろうか? 今、2度目の、本人にとって2連続でのプロツアートップ8をかけてこの試合を戦っている市川ユウキ。しかし、マジックの「現実」のトーナメントシーンに現れた彼は、間違いなく「本番に弱い」人間だった。

 彼が現実のプレミアイベントに参加したのがいつかご存知だろうか? なんと2012年のグランプリ・神戸。実は彼は2014年8月現在、プレミアイベントに参加しはじめてから2年しか経っていないのだ。

 もともと昔マジックをやっていて、ひょんなきっかけで復帰したという彼の主戦場は、「現実」ではなくて「Magic Online」だった。Magic Onlineという戦場で、彼はより高みを求めて「実況配信」という道を進み始めた。「上手くなりたいから。」として始めたこの実況配信が、しかし「視聴者に反応してもらえるのが思ったよりずっと楽しかった」というのが彼にとってのモチベーション維持に一役も二役もかったことは間違いないだろう。そして彼は、現実の世界にやってきた。

 現実の世界にやってきた彼は、それでもすぐには結果を出せないでいた。筆者である私はたまたま彼が「現実」のグランプリなどのプレミアイベントに参加し始めてからほとんどのグランプリにカバレージライターとして参加しているが、彼はいつも「今回は頑張ります!」「今回は練習してきました!」と話しては、夜に悲しげな顔で帰っていった。

 彼の実力自体は、Magic Onlineでの結果を見ていればすぐに理解できる。グランプリのような人数が集まるMagic Online上のプロツアー予選を、しかし彼は当たり前のように勝利しているのだ。だが、その「デジタル」世界での実力は、彼の「現実」でのマジックの結果にはすぐには結びつかなかった。その思いは、グランプリ・北九州2013でのインタビューの際にも語られている。


グランプリ・北九州2013でインタビューを受ける市川選手(中央)

 しかし、そんな彼が、グランプリの初日を抜けた。グランプリで賞金を獲得した。現実のプロツアー予選を突破した。グランプリのトップ8まであと一歩というところまで来た。話題性ではなく、本人の実力でフィーチャーマッチに選ばれるようになった。これが、たった半年間の出来事である。

 元から実力はあった。そして、彼は現実の世界での仲間を手に入れてきた。少しずつ結果を残していった市川に、関東のプロプレイヤーは声をかけ、一緒に練習するようになっていった。トッププレイヤー集団によるドラフトの練習会「菊名合宿」にも呼ばれるようになった。デジタルと現実との乖離。それを市川は着実に埋めていった。

 そして、グランプリに参加しはじめてわずか2年の彼は、その実力を発揮しプロツアー『ニクスへの旅』でトップ4に入賞した。


プロツアー『ニクスへの旅』トップ8

「プロツアートップ4」。そんな、誰もが憧れるこの結果を市川は手にした。わずか3回目のプロツアーで、である。ここまで「プロレベル」なんてものを気にもしていなかった市川が、一挙にトッププレイヤーの称号である「ゴールド・レベル」を手にできるかもしれないところまで来た。そう、上乗せ1点のプロポイントでゴールド・レベルになれるところまで来たのである。

 そして、このプロツアー『マジック2015』で彼は、スタートこそ2連敗、5回戦終了時点で2勝3敗だったものの、そこから連勝を重ねた。2-3からの9連勝。もうとっくにプロポイントの上乗せ1点、ゴールド・レベルは確定させ、この試合を勝てば次にID(合意による引き分け)でトップ8に入れるという、いわゆる「トップ8駆け」ラインまで来た。

 プロツアー、2回連続のトップ8。それがもう目前。いつもとおりの鋭い目つきで、静かにシャッフルを始める市川。そう、今、彼は、確実に、「本番に強い」プレイヤーだ。


左:市川ユウキ 右:ウィリアム・ジェンセン/William Jensen

 対するウィリアム・ジェンセン/William Jensenはプロツアーベスト8に通算4回も入っている、昨年の「マジック・プロツアー殿堂」にも選ばれた大御所中の大御所。今季の成績も素晴らしく、既に来季のプラチナレベルを確定させている。アメリカ勢が多く選択している「黒白コントロール」を使用しており、現状12勝2敗と市川よりもひとつ上のラインだ。

 トップ8への一歩を進めるために、どうしても勝ちたい市川。この大きな壁を乗り越えられるのか。

ゲーム1

 《エルフの神秘家》《森の女人像》と展開し、プレインズウォーカーに繋げるマナ基盤を作る市川に対し、《肉貪り》で待ったをかけるジェンセン。《エルフの神秘家》が生け贄に捧げられ、返しで最初のプレインズウォーカーである《紅蓮の達人チャンドラ》が盤面に登場、ジェンセンに少しばかりのダメージを与える。

 ジェンセンもこの程度の脅威は意に介さず《地下世界の人脈》を展開するが、ここには市川のメインからの《ゴルガリの魔除け》が突き刺さり、ジェンセンにカードをもたらすことなく破壊される。

 しかしジェンセンも負けてはいない。市川にとって対処のしにくい《冒涜の悪魔》を展開。この悪魔を前に、市川は考える。

 まずは《紅蓮の達人チャンドラ》の[0]起動により《クルフィックスの狩猟者》を展開してみると、山札の上からめくれたのは《ミジウムの迫撃砲》。残念ながら《冒涜の悪魔》への根本的な対処はできないようで、ジェンセンにターンを返す。ここに突き刺さるのはジェンセンの《払拭の光》。これにより《紅蓮の達人チャンドラ》は次元の彼方に。一気にジェンセンのペースだ。

 しかし市川もこの返しに《歓楽者ゼナゴス》によりサテュロストークンを展開して攻撃。これで《冒涜の悪魔》を封じ込める構えだ。が、ジェンセンの《胆汁病》がこのプランを崩壊させる。《クルフィックスの狩猟者》はライフの減少を抑えるため《冒涜の悪魔》の餌食になり、さらには《群れネズミ》までも追加したジェンセンの圧倒的な盤面だ。

......と思いきや、ここで追加されるのは2枚目の《紅蓮の達人チャンドラ》。これにより、ジェンセンの《群れネズミ》は、群れになることなく一生を終える。ジェンセンの《冒涜の悪魔》は《歓楽者ゼナゴス》により攻撃できず、《世界を目覚めさせる者、ニッサ》が市川の手によって展開され、土地のうち1枚を4/4トランプルのクリーチャーに変える。市川自身が「このデッキのエース」と語るニッサだが、本領を発揮できるのか。

 ジェンセンもまた《変わり谷》で《歓楽者ゼナゴス》を破壊し、さらには《英雄の破滅》で《世界を目覚めさせる者、ニッサ》を破滅させる。あっという間にまたジェンセンのペースだ。

 しかし市川は焦らず、残った《紅蓮の達人チャンドラ》の[0]能力を起動。これが《ラクドスの復活》をもたらし、X=2で唱えると、これまでこつこつと《歓楽者ゼナゴス》のトークンなどで削られていたジェンセンのライフが3に。とはいえ、盤面自体は《冒涜の悪魔》の分、ジェンセンが有利。はたして市川は、ジェンセンのライフを削りきれるのか。


市川ユウキ

 だが、神は市川を見捨てていなかった。後に神になる《歓楽者ゼナゴス》が市川の元に駆けつけ、[0]起動により速攻のサテュロスが攻撃→悪魔の餌食に、という動きで、《冒涜の精霊》を抑えつつ残り少なくなっていたジェンセンのライフを削りとったのだった。

市川 1-0 ジェンセン

幕間

 ここで、市川の持ってきたデッキについて語ろう。市川は、ずっと環境の最有力候補である黒系コントロールを使用するか、長く使い込んでいるエスパー(白青黒)コントロールを使用するかで悩んできたという。しかし、彼の判断では、エスパーコントロールはデッキとしての実力が黒系コントロールに対して一段劣る。一段劣るとはっきりわかっているデッキをプロツアーで使用する、そんな選択をしても良いのだろうか。

 そんな彼の選択を変えたのが、海外のStar City Games Openという大会の結果だった。そこに発見したのが、この「ジャンドプレインズウォーカー」の原型だったという。そして、それを見つけて一緒に調整したのが、自身もプラチナレベルを確定させているプロ、山本賢太郎だった。


プラチナレベル・プロ 山本賢太郎

 市川の躍進を語るのに、山本の話は外せないだろう。お互いに「Magic Onlineジャンキー」ということで面識はあったものの、2人は最初から仲が良かったわけではなく、お互いに挨拶する程度の仲だったらしい。2人の仲が大きく進展したのは、昨年2013年の末に行われた「The Last Sun」という大会だった。2人ともがこの大会のトップ8に入り、そしてその準々決勝で2人は激突したという。

 この大会中、山本は市川を飲みに誘い、そして2人の仲は進展した。さらに山本の推薦により、市川は「菊名合宿」に参加するようになったのだ。菊名合宿。そう、関東の三原槙仁や渡辺雄也、八十岡翔太といったトッププロの面々も参加する、セット発売直後のプロツアーに向けたドラフト合宿会だ。

 そこで濃い経験を積んだ市川が、プロツアー『ニクスへの旅』でトップ8に入るのは、その直後のことである。

 そして今回もまた、2人は一緒に調整し、同じデッキをプロツアーに持ち込んだ。このデッキは、彼らの絆でもあるのだ。

r15_Ichikawa2.jpg

ゲーム2

 先手2ターン目《群れネズミ》。まさに黒系コントロールの必勝パターンを作りだしたジェンセン。市川も困った顔で、しかしやれることをということで《エルフの神秘家》を展開する。

 そして3ターン目。ジェンセンの手札には《生命散らしのゾンビ》がある。展開する3マナもある。もちろん、《群れネズミ》を増やすという選択肢もある。どちらが有力か。ジェンセンは検討する。そして下した結論は、《生命散らしのゾンビ》の展開だった。

 そして、この効果によってジェンセンは市川の手札から《エルフの神秘家》を捨てさせることに成功した。そう、ジェンセンはカードアドバンテージを取ったのだ!


William Jensen

......が、この1枚のアドバンテージに対する犠牲は深刻だった。そう、見えた、いや、見えてしまった《紅蓮の達人チャンドラ》が展開されると、これから盤面を群れて支配する予定だった《群れネズミ》が[+1]能力によって対処されてしまったのだ。この《紅蓮の達人チャンドラ》はどうにか《英雄の破滅》で対処するジェンセンだが、その3枚になった手札に、X=3の《ラクドスの復活》が炸裂!

 残った《生命散らしのゾンビ》には《化膿》が飛び、さらに《歓楽者ゼナゴス》が市川の元に加わり、有効なカードを引けなかったジェンセンは、土地を片付け投了の意を示したのだった。


決着の瞬間

 市川ユウキ、プラチナレベル到達確定&次の第16回戦ID(合意による引き分け)でトップ8確定!

市川 2-0 ジェンセン

 市川ユウキというキャラクターを語るのに外せないエピソードがいくつかあるが、そのほとんどが、多少というか、多分におふざけを含むものだ。やれ「彼の強いと予想したカードが当たらなかった」だとか、やれ「お調子者、天狗すぎる」だとか、やれ「人気すぎてTwitterでbotが出来た」だとか。しかし、実際に市川と話してみると、本人はとても真面目で謙虚な好青年であることがよくわかる。

 今回のプロツアーの14回戦、台湾の強豪、クオ・ツーチン/Kuo Tzu-Ching選手と当たった時のことだ。クオのデッキは「緑赤信心モンスター」。《起源のハイドラ》を中心に据えた爆発力のあるデッキで、市川のデッキにとってはかなり相性が悪い。なんとか3本目にたどり着いた市川が、ライフメモの新たなページをめくり書いた一言が、「ミスをしない」だった。

r15_miss.jpg

「ミスをしない」。これが、たったこれだけのことが、どれだけ難しいか。市川はきっと、それを理解している。

「ニコニコ生放送で、ローリーさん(藤田剛史)が話していたんですよね。昔はこれをやっていたって。まだ、僕はこれをやらなくてはいけないレベルだと思うんですよ。よく熱くなって、手なりでプレイしてミスっちゃうんです。そんなとき、このメモを見ると、いったん手を止めて冷静になれるんですよね。」

 そう語った市川は、堅実なプレイでこのラウンドをものにし、最終ラウンドにコマを進めた。ID(合意による引き分け)を選択できればトップ8確定だが、それは組み合わせ次第だ。

「プロツアートップ8が2回」という素晴らしい成果を出してくれそうだが、彼のプロとしてのキャリアは、まだ始まったばかり。これからも、その活躍に期待しよう。

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RESULTS

対戦結果 順位
16 16
15 15
14 14
13 13
12 12
11 11
10 10
9 9
8 8
7 7
6 6
5 5
4 4
3 3
2 2
1 1

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