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特集:真の名人、スタニスラフ・ツィフカ

特集:真の名人、スタニスラフ・ツィフカ

Nate Price / Tr. Tetsuya Yabuki

2012年10月20日

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 6年前、マジックは初めてラヴニカ次元を訪れた。私たちは、そこで初めてギルドのシステムや混成マナ、ボブ・マーハーJr./Bob Maher Jr.のインビテーショナル・カードと出会った。そして、ほとんど名の知られていないスタニスラフ・ツィフカ/Stanislav Cifkaという名前のチェコ人プレイヤーと出会った。そのとき、19歳のツィフカはマジックを始めて2〜3年であった。

「当時、マジックといえば高校の友達と遊ぶくらいのものでした。プラハでのプロツアーが初めてですよ」とツィフカは笑って言う。「そのときは、ラヴニカ・ブロックのブースター・ドラフトでしたね!」

 ツィフカのプロツアー・デビューは、348位という結果に終わり、まったくと言っていいほど幸先の良いスタートにはならなかったが、彼を待っていた多くのものがあった。あと彼に必要なのは、まっすぐ背中を押してくれるものだけだった。

 スタニスラフ・ツィフカはチェスのインターナショナル・マスターである。ある時点においては、チェコ共和国内で最高のジュニア、あるいは最高のプレイヤーであった。彼はマーティン・ジュザ/Martin Juzaとルーカス・ヤクロフスキー/Lukas Jaklovsky、ルーカス・ブロホン/Lucas Blohonの3人を相手に目隠しチェスをやり遂げた。そこでツィフカはおよそ20ターンでチェックメイト、つまり12回も駒を動かすことなく詰ませたのだ。3人はそこから盤面を入れ替えようと申し出たが、反対側からでも10手以内で再びチェックメイトにしてみせた。


スタニスラフ・ツィフカはチェスのインターナショナル・マスターであるが、今週末、彼はマジックの名人でもあることも世界に証明した。

 12歳のころ、ツィフカはマジックと出会った。そのときはインベイジョン・ブロックの時代で、彼はこのゲームに興味を惹かれたが、このころはまだ、ただの遊びだった。時が経つにつれて、彼はついに大会への参加を決めたが、成功を収めるには少しばかり早すぎた。最初の大きな前進は、2006年のプロツアー・プラハだった。そこで彼はプロツアー前日のラスト・チャンス予選を戦い抜き、権利を得た。これで初めてのプロツアーを戦う力は備わったが、ラスト・チャンス予選は早朝までかかるのが一般的だった。睡眠の時間はわずかしかなく、さらにドラフトは知識や技術が足りないもののひとつだった。言うまでもなく、うまくいかなかった。しかしそれでも、彼はさらに熱中していった。

 ツィフカがプロの環境でマジックをするにつれて、チェスとも、ついにはポーカーとも距離を置くようになった。

「しばらくの間、生活費を稼ぐためにポーカーをしていました。でも、1日に12時間とかそんなにやっていたら、常にデータを処理して、数学的な計算をして、いつしか疲れきってしまいます。楽しいものだということやめてしまうんです」

 これは、彼とチェコのプレイヤーたち、スロバキアのプレイヤーたちが今大会に向けてどのように練習してきたか、ということを考えると、やや皮肉めいた言葉だ。

「そういう期間のすぐ後に、リアルでプレイするときに限って、そんなつもりはないのに土地をもう1枚置いたりとか、ミスをしてしまうことに気付いたんです。マジック・オンラインならそうはなりません(笑)」

「ポーカーで長い1日を過ごすのも、マジック・オンラインで1日を潰すのも、同じようなものだという事実には直面しましたけどね」と、ツィフカはただ笑った。

「マジックは本当に楽しいです。全てのゲームを心から楽しんでいますし、飽きることもありません」

「今大会のために、1日8時間はマジック・オンラインで練習しました。正直なところ、僕は遠征が大好きというわけではないんですよね。これまでどれくらい遠征をしてきたか考えると、笑っちゃいますよ。マジック・オンラインの方が快適なんです。リアルでプレイするときに限って、そんなつもりはないのに土地をもう1枚置いたりとか、ミスをしてしまうんです。マジック・オンラインならそうはなりませんから!」

 ツィフカのドラフトにおける傾向は少し......新しい方向に向いている、というのはすっかりお馴染みのこととなった。マーティン・ジュザが先ほど、ツィフカにあだ名をつけるなら「スタニスラフ・『ドラフト・ビューワーがブッ壊れてる』・ツィフカ」にするかな、と笑って評していた。ジュザは、ツィフカの挑戦的なマナ・ベースや、たまにカードの評価が180度変わることや、先ほどのあだ名通りの考えもつかないような思考を例として挙げた。しかしそんなジュザでも、その結果については何も言えなかった。

「今日スタニスラフと、この大会でのあいつのドラフト・デッキについて話をしたんだけど、なんであいつがああいう風にピックしたのか全然わからなかった。頭がこんがらがってたんじゃないかと。僕らだったら違うピックをしていたかどうかって聞いてきたから、言ってやったよ。『ああ、たぶん20か30枚くらいは』。そうしたら、あいつこう言うんだ。『わかんないな。僕ドラフト6-0で、ゲームカウントは12-0だけど。みんなは?』 うーん......いい返しが見つからなかったよ」


マーティン・ジュザをはじめチェコのプロたちはツィフカのドラフト選択をからかっていたが、この週末の驚くような結果を見て、その選択が功を奏したことを喜んだ。

 ある時点ではドラフトが得意ではなかった、ということは、ツィフカ自身も認めている。

「僕はずっとリミテッドより構築を楽しんできました。少なくとも僕はそれで良かったんです。でも、真剣に取り組むなら技術を磨く必要があると、去年決意しました。それでここ1年はリミテッドに取り組み、ドラフトの技術向上のため努力しました」

 このプロツアー「ラヴニカへの回帰」でツィフカが成し遂げたことを見れば、彼が取り組んだことが何であれ、それは価値のあるものであったと言って差し支えないだろう。そして他のチェコのプレイヤーとスロバキアのプレイヤーたちが彼をおもしろおかしくからかったのは、みんなで楽しんだことだろう。彼らはみな最高の友人で、ツィフカの成功の鍵を握っていたのだ。

「僕がマジックに真剣に取り組み始めたのは、彼らのおかげです。ジュザが去年のグランプリに一緒に来いよと言ってくれて、それもいいかもと思いました。それから、他の大会にも行くようになって、思うようにプレイできなかったときは自分に腹が立ちました。そしてとうとうチェコの国別選手権で準優勝できました。そのとき、もっと努力したい、続けたいって決意したんです。ロベルト(ユルコビッチ/Robert Jurkovich)と、イワン・フロック/Ivan Flochとジュザと、みんなとの練習はすごく楽しかった。先週も(グランプリ)サンノゼで一緒に戦ってうまくいきました。今大会に向けた練習も、ここに拠点を構えて楽しんできました」

 堅く団結したチェコとスロバキアのプレイヤーたちは、ここ数年にわたり世界的なマジック・シーンで驚くほど強力な勢力であることを示してきた。ワールド・マジック・カップに出場する顔ぶれが発表されたとき、スロバキア・チームは凛々しいというほかなかった。それは最高のプレイヤーたちが各会場に分かれて予選に参加し、勝ち上がってきたことを物語っていた。彼らはイベント全体を通して、技術に関してはもっとも集約されたチームだった。イワン・フロック、ルーカス・ヤクロフスキー、そしてツィフカの3人は、先週のグランプリ・サンノゼを4位という成績で終えた。さらに、マーティン・ジュザが先週末のはじめに指摘していたように、ここ1年半の間すべてのプロツアーで2人以上のチェコ人あるいはスロバキア人のプレイヤーがトップ8を争っていた。チェコ、スロバキア地域は今、世界的にも最高のプレイヤーたちを輩出している。そして今回、真に「インターナショナル・マスター」の称号を得るべきプレイヤー、スタニスラフ・ツィフカによる圧倒的な功績によって、隆盛を極めているのだ。

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